[ブログvol.5] 材料の劣化や腐食をFTIRで解析する方法(酸化、硫化、アンモニア)
材料が経年や環境要因で劣化・腐食した際に、FTIR分析で何がわかるかを解説します。プラスチックを中心に、酸化劣化、硫黄化(硫化物の生成)、アンモニアの影響など代表的な劣化の種類ごとのスペクトルの特徴や傾向を説明します。FTIRは化学構造変化の検出に優れるため、劣化診断にも有用なツールです。
(酸化劣化の解析)
ポリマーの酸化はFTIRで最もよく利用される劣化事例です。典型的にはカルボニル基(C=O)の増加として現れます。ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)が熱・光で酸化すると、1,700 cm⁻¹付近に新たな吸収ピークが立ち上がります。このピークはケトン(>C=O)やエステル(–COO–)など酸素含有官能基の生成を意味します。例えばPPを加熱劣化させると、もともとピークのなかった1715 cm⁻¹付近にカルボニル伸縮のバンドが現れます。また同時に3400 cm⁻¹付近にOH伸縮のブロードなピークが出ることも多く、これは酸化に伴いヒドロキシ基(アルコールやヒドロペルオキシド)が生成したり、水分を吸着しやすくなるためです。酸化劣化の程度はカルボニル指数(carbonyl index)で評価されます。具体的には、劣化ポリマーのスペクトルで1,700 cm⁻¹付近のピーク強度を、基準として安定なCH₂の変角振動(例えば1,460 cm⁻¹)の強度で規格化した比をカルボニル指数と定義します。この値が大きいほど酸化が進んでいることを示し、劣化度の比較に使われます。赤外顕微鏡を使えば、試料表面から内部へのカルボニル指数の深さプロファイルも測定できます。一般にプラスチックの酸化は表面から進行するため、表面付近でC=Oピークが強く、内部に行くにつれ弱くなる傾向が観察されます。実際、熱酸化したPEペレット断面を100 μm刻みで測定すると、表層でカルボニル吸収が顕著で深部では消失することが確認されています。このようにFTIRにより酸化劣化の進行度や深さを把握できます。また、酸化の種類によってはカルボニルの細かな位置が変わります。過酸化物 (–O–O–) はやや高波数(~1780 cm⁻¹)にピークを持ち、カルボン酸やエステルは~1740 cm⁻¹、ケトンやアルデヒドは~1710 cm⁻¹付近にピークを生じます。これらが重なって全体として広いカルボニル帯になることも多く、分解能の良いFTIRでないと判別が難しいですが、ピーク位置の変化から劣化生成物の種類を推測するヒントになります。
(硫黄による劣化(硫化)の解析)
硫黄成分との反応で生じる劣化もFTIRで検出できます。代表例はゴム中のスルホキシド基(S=O)の生成です。ゴムやプラスチックが硫黄化合物にさらされると、硫黄が二重結合部に付加したり酸化されて、スルホキシド(S=O)やスルフォン(SO₂)基が生じることがあります。このスルホキシド基は赤外で約1,030 cm⁻¹に強い吸収を持つため、劣化の指標となります。例えばポリブタジエンゴムを硫黄雰囲気下で老化させた場合、1,030 cm⁻¹付近に新規ピークが立つとともに、1,100–1,200 cm⁻¹付近(S–O結合伸縮)にも変化が現れます。さらに硫黄系防腐剤などがプラスチック内で分解すると、分解産物として硫酸塩や亜硫酸塩が生成し、これらは1,120 cm⁻¹や620 cm⁻¹付近に特徴的な吸収を示します。FTIRスペクトル上で硫黄劣化を読み取る際は、S=O伸縮(~1030 cm⁻¹)やC–S結合(600–700 cm⁻¹)の新生バンドに注目します。また、硫黄による着色や腐食生成物は目視でもわかることがありますが、FTIRならその化学種(スルホキシドかスルフォンか等)まで推定可能です。例えばアスファルト改質剤中のPEが紫外線で劣化した研究では、1,700 cm⁻¹のカルボニルとともに1,030 cm⁻¹のスルホキシド吸収が増大することが報告されています。これは紫外線照射下で含有する硫黄系安定剤が酸化分解し、S=O構造が増えたためと考察されています。このように硫黄絡みの劣化では1,030 cm⁻¹付近がチェックポイントです。
(アンモニアや窒素雰囲気の影響)
アンモニア雰囲気下での材料劣化では、材料側にアミド(CONH)やアミン(N–H)基が生成するケースが重要です。例えばポリカーボネートが高温多湿のアンモニア雰囲気に曝されると、分解してアミン類を生じたり、表面に炭酸アンモニウム塩が析出することがあります。これらはFTIRで3,300 cm⁻¹付近(N–H伸縮の広いピーク)や1,400–1,450 cm⁻¹(アンモニウムイオンの変角振動)に特徴的な吸収を与えます。またアンモニアは酸性物質と反応してアンモニウム塩を作るため、材料中に例えば塩素があると塩化アンモニウム(NH₄Cl)が生成します。NH₄Clは赤外で3,140 cm⁻¹と1,420 cm⁻¹付近に吸収を示すので、そうしたピークの出現は腐食指標となりえます。現場事例では、電子機器内で難燃剤中の臭素とアンモニアが反応して臭化アンモニウムが生成し、これが回路を腐食したケースがあります。FTIR分析で試料表面から臭化アンモニウムのスペクトルが検出され、腐食原因の究明に繋がりました。このように、アンモニアによる腐食生成物(主にアンモニウム塩)のピークは3,000–3,300 cm⁻¹(NH₄⁺の伸縮、かなり広い)および1,400–1,450 cm⁻¹(対称変角)付近に出るのが目安です。
(その他の劣化要因)
材料の加水分解(水との反応)ではエステルが加水分解してカルボン酸とアルコールを生じるため、カルボニル(C=O)とOHの増加として赤外に現れます。放射線劣化では架橋や主鎖切断が起こりますが、化学的には酸化と類似したスペクトル変化(カルボニルや不飽和基の増加)を示すことが多いです。一方、金属腐食については金属表面に生成した有機腐食産物を検出するのに使われます。有機保護膜の劣化や塗膜中の官能基変化にはFTIRが有効です。
総じて、FTIRで材料劣化を解析する際は「本来ないはずのピークが出現した場所」、「変化したピーク箇所」に注目します。カルボニル、スルホキシド、アンモニウム塩など典型的な新生ピークを検出できれば、劣化メカニズムの推定に大いに役立ちます。そして複数のピーク変化パターンを総合的に判断することで、「この材料は酸化が進み、さらに硫黄による二次劣化も起きている」など具体的な診断が可能になります。赤外スペクトル解析は劣化解析の強力な目であり、異常の早期発見や原因究明に貢献します。